廃墟の定義



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廃墟の定義なんて、ちょっと堅苦しいかもしれませんね。べつに好きならそれでいいじゃないか、理屈なんていらないよ、なんて思われてしまうかもしれませんが、そこは長年廃墟ファンをやってきたわけだから、ついそんなことをしてみたくなるのは、廃墟なんてものに惹かれている人間の変な癖かもしれません。

ところで、「工場萌え」ってありますよね。私もいくつか写真集やDVDを持ってます。工場好きの方もけっこういらっしゃるようですね。確かに魅力ありますね。特に海沿いなんかの工場郡のライトアップされた夜の風景は特に美しく、魅力的です。SFの一場面を連想させたり、時にはデストピアにも見えます。それからダム萌えや水門萌えとか、いろいろな嗜好のものがあります。

しかしですね、廃墟とはどこか違う。私としては、やっぱ「廃墟」がいいんですよ。どこが決定的に違うのかというと、「工場萌え」の場合は、現在でも稼動している、つまり現役の工場も対象になっている。工場萌えの写真集はDVDの画像は、煙突からモクモクと煙が立ち上ったりしている場面も少なくありません。つまり現在でも立派に生産活動をしているわけですよね。

これに対し、廃墟は、すでに機能を停止し、見捨てられ、ほったらかしにされたから廃墟なんです。当たり前のことだけど、だからこそ侵食が激しくなり、より廃墟っぽくなって行くわけです。よく、家も誰かが住まないと痛みが激しくなるなんて云われますけど、誰の手も離れた無機物は、より厳しい自然の風化が襲いかかるわけです。

とにかく、見捨てられ、あらゆる機能を停止し、誰も寄り付かなくなったものが廃墟の大前提です。

それから、その廃墟は、ある程度の規模があったほうがより廃墟らしい感じがします。普通の民家の廃屋もありますけど、私はなぜか、これにはさほど「廃墟感」を感じないんです。

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大型の工場とか、テーマパーク、大きなアパート、巨大なモニュメント等々。家だと、ある程度以上の大きさの邸宅の廃墟だと「廃墟らしい」印象を受けるのです。大きな建造物だと、それが見捨てられた大きなインパクトを感じるし、ガラ~んとした奥行きというか寂寥感のようなものをより深く感じるのです。

もうひとつ、機能を停止してからそれなりの時間が経っていないと廃墟らしくない。少なくともその建物なりのもとの色はほとんど失われ、風化と侵食によって様々な建造部分の色彩が失われ変色してないと、やはり廃墟らしくない。その廃墟らしい色彩の創作者はもちろん「自然」なわけで、絶対に人間であってはならない。美しくないからです。やはり10年くらいの年月は必要かもしれませんね。自然の筆はきわめて遅いが、決して筆を休めることはなく鋭敏で貪欲、そして確実で厳しいものです。年月を経た時はじめてその時間の重さや自然の爪痕を実感できます。

つまり完全に機能を停止し、誰からも見捨てられた建造物、さらにある程度以上の大きさの規模のあるもの、それから、大部分の箇所のもとの色彩が失われているものが私にとって基本的な廃墟の前提であり、定義なんです。

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