廃墟が語るもの



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永く、ずっと永く、廃墟を愛し続けてきました。

誰からも見捨てられ、荒廃し、ただ静かに滅びを待つだけの無機物に、なぜこれほどまで魅かれるのか、はじめのころは良く解らなかったのです。あるいは、キワモノを好きな希少生物を気取って、マニアな自分に酔っていたかっただけなのかもしれません。

けれど年を経るごとにその想いは静まることなく、廃墟の存在はより深遠で鮮明な印象を浮き彫りにし、延々と心の中に刻まれてきました。気がつくと、廃墟を愛しむ人は決して少なくないことに気がつきました。廃墟の写真集も目に付くようになり、ネットの普及につれ廃墟のブログも続々と登場してきました。

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なぜ、人は廃墟に魅せられるのか、廃墟の魅力とはいったい、何か。

おそらくその答えはきわめて不明瞭で曖昧なものでしょう。100人の廃墟好きが語れば100通りの解釈があるかもしれません。そしてその解釈は、その人の年齢やその時の気分でも変化するかもしれません。廃墟の存在はそれほど複雑で微妙な問題を我々に投げかけるのだと思わざるをえません。この社会で廃墟の存在そのものが矛盾であるからかもしれません。

廃墟はなぜ廃墟になったのか。実はその答えは簡単です。作ったのは明らかに人間であるのは云うまでもありません。それが工場の廃墟であれ何であれ、かつては生産的機能をしていた。やがてその生産活動は終焉を迎える。だが、誰かがそれを作り直すか、更地に戻せば廃墟にはならなかった。見捨てられたからそれは廃墟になったのです。そして自然の猛威が襲いかかり朽ちてゆく。廃墟が存在するのは人間の存在、あるいはかつて存在していた証明でもあり、自然の摂理が機能している証明でもあるのです。廃墟には全てがある。人間の欲、傲慢さ、身勝手さ、そして自然の殺生。その全てのコラボレーションで生まれた美しさ。その美は、風化しながら刻々と変化する。

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はじめの頃は「もの云わぬ廃墟」であった存在が、徐々に、廃墟自身が何か語っているように感じ始めてきました。それは廃墟の独り言のようでもあり、時には叫び、時には彼らの人間に対する恨みつらみの嗚咽のようにも聞こえてきたのです。

いつしか、私は廃墟と対話するようになりました。ちょうどペットの犬や猫とお話ができるのだと自慢する人のようなものかもしれません。ただ、その対話は時に私からの一方的のこともあり、また廃墟の独り言に耳を傾けているだけのこともあります。すべては妄想のようでもあり、時には生々しい現実感を伴うこともあります。

私が廃墟とどのような会話をしているのか、いずれお話してみたいと思います。

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