タイムトラベルについて その1



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これまでたくさんのSF映画やSF小説を見たり読んできましたが、その中にタイムトラベルを扱った作品もたくさんありました。タイムトラベル――、つまり、過去や未来に時間旅行をする、というものです。

なんらかの偶発的な事象で時間を跳躍してしまうものもありますが、具体的に“タイムマシン”となる器具、機械が出てくるものも少なくないです。時間を扱う器具、機械であるところの時計作りが稼業の私には大きく興味を持たされる題材です。

また、このテーマの作品を、私なりに大きく大別すると、2通りになります。

●一つは過去に行ったりして、歴史に介入して、実際に人の運命や物事を変えてしまうもの、つまり歴史は変えることができるというもの。

●もう一つは、いくら過去に戻って何かを変えようとしても、絶対にその本筋は変えられない、というもの。

この後者の考え方の代表的作品が、現代SF小説の祖、ハーバート・ジョージ・ウェルズの小説とこれを原題にした映画作品です。その名もずばり『タイムマシン』(映画は2回作られており、1回目のタイトルは『タイム・マシン 80万年後の世界へ』)。

小説はタイムトラベルを主眼に置いた作品で、映画は原作に比較的沿った1回目と脚色して恋愛にフィーチャーしたリメイクとなっています。今回話題にするのはリメイクとなった2回目の映画作品。

公園で恋人を強盗に殺された科学者が、その悲しみと怒りのあまり、4年間かけ不眠不休で遂にタイムマシンを完成させます。そして恋人を救うために4年前にもどり、彼女と遭遇し、公園から連れ出しますが、別の理由で恋人は死んでしまいます。何度過去に戻っても彼女は別々の理由でやはり死んでしまう。過去に戻って彼女を救うことができないことを知ったその科学者は、未来の人ならその方法を知っているかもしれないと、今度は未来にトラベルすることになる――というもの。

決して変えられないものを「運命」と定義するならば、この考え方は正しいと思うんですよ。
ドラマなんかのセリフで「運命を変えるんだ・・・」なんてものがありますが、これ自体が矛盾のように思えてならないです。もし変えられたのなら、それはもともと「運命」ではないのではないでしょうか。

長くなってしまったので次回も引き続きこの話題で。

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