腕時計の価格 その2



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前回に引き続いて腕時計の価格の話を少ししていきたいと思います。では、さっそく――。

腕時計の価格にはこんな思い出があります。その昔、ある時計の展示会で、スイス高級時計メーカーの最高級モデルを観たときのことです。美しい文字盤に、たった2本の針、時針と分針が付いているだけで、あとは一切機能がない。価格は1億2千万円(!)。さらに説明文のなかには「非防水」の文字――。

オイオイ、1億円以上するんなら、せめて防水機能くらい付けなさいよ、と思わず呟(つぶや)いてしまいました。しかし、その直後に「この腕時計を身に着けるような人は、きっと社交界のパーティーなどに縁がある人だろう。自家用のヨットやボートを所有するようなレベルの生活をしているに違いない。きっとロレックスのサブマリーナとか、その場に相応しい時計も持っていて、シチュエーションで使い分けているのだろうな」なんて思いなおした経験があります。

つまるところ、この時計の価格と「非防水」という表示を通じて私は西欧文化の奥行きというか、ケタ外れの文化的豊かさ、成熟度合いのようなものを感じたわけです。

要はその商品に対して購入者がなにを必要とするか、または必要としないか、ということです。実際に使用しないけど、その機能をカッコいいと感じるか、とか人間のモノに対する価値感に訴える部分。ヒトの価値観はホントに千差万別ですから、一括りにはいえない、そういったあやふやなところの話です。

腕時計はメーカーや職人によって、さまざまなコンセプトや主張があります。これは多くの製品にも当てはまることですが、腕時計はこれに加えて百円単位から億のケタまで、とその価格帯が著しく広い。

それに「現在が何時何分であることを認識できる」ことが腕時計の最低限の定義、と前回書きましたが、それだけなら現在は携帯電話があれば事足りるわけです。価格以前に購入しなくてもいい。なのに多くの人々が腕時計を求め、着用する――。

当然ですが、私も腕時計を作る人間のひとりとして、私独自の腕時計に対する考え、主張、そしてこれを購入し、愛用してくださる方々への想いがあります。腕時計を高尚なモノにするつもりはありませんが、こう考えていると腕時計の価格、価値というのは、もはや哲学の領域に足を踏み入れてるのではないか、とも考えてしまうのです。

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