タイムマシンは完成している?



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私は大のSFファンですが、小説でも映画でも、アニメでもタイムトラベルのお話は少なくありません。仕事がら(?)、大いに興味があります。

しかしながら、私はタイムトラベルについては、別の言い方をするなら、タイムマシンが可能かどうかについては、けっこう否定的な意見を持っています。決定的な根拠はもちろんありません。ただ直感的にそう思うのみです。

そういえば、UFOの話で、あれは宇宙から来たエアークラフトだと主張する人達と、あれは実は未来かから現代に来た未来人だ、なんて言う人達もいるらしい。未来人が現代人に接触するのを避けているのは歴史の改ざんにかかわってしまう恐れがあるのでコンタクトしない、ってなことを主張しているようです。

ということは、未来にはタイムマシンは完成していることになるわけだけど、私は同意しかねます。

こういう私ですが、実は密かにある種のタイムマシンは、少なくとも半分くらいは完成していると思っています。それはなぜか・・・

その1つは、実は「YOUTUBE」です。これはネット環境の発展と大いにかかわりがあると思いますが、YOUTUBEはネットインフラの整った国ではほとんどの人が見られる。ましてスマートフォンの繁殖で、世界中の大部分の人々が観られるわけです。

なぜYOUTUBEがタイムマシンなのかというのは誰でも過去の映像がたちどころに観られるからです。これは一種のタイムマシンであり、50年以上前の映像を観る体験は、ある種の時間旅行なのではないでしょうか。

実は私はジャズファンですが、若い頃ジャス喫茶やラジオから流れていたマイルス・デイビスやジョン・コルトレーンなど、音は聴いてましたし、その姿もレコードジャケットや雑誌で観ていましたが、実際に演奏している姿、つまり動画は観れなかった。

M・デイビスの「SO WHAT」。J・コルトレーンも演奏してます。ジャズの歴史を変えた名演

それが観られるようになったのは、ビデオが普及して、そのマニアックなソフトを持っている方に見せてもらったのが初めて。現在ならそんなソフトはたくさんあるでしょうけど、当時はホントに感動的だった。

現在の若者は(若者だけではないけど)過去のミュージシャンたちの音はもちろん、その演奏している姿をYOUTUBEでたちどころに観ることができる。

モダン・ジャズの父というべき存在のC.パーカー

そうです、今の十代、二十代の若い人々は、マイルスやコルトレーンどころか、チャーリー・パーカーや、もっと前のナット・キングコールやルイ・アームストロングの演奏する姿や音に、いつでも手軽に触れることができる。私たちはもはや当たり前のように感じてしまうけど、100年近く前の人々の動く姿形をたちどころに観れるのです!これって凄いことだと思いませんか・・・?

ナット・キング・コールの演奏する姿。ノスタルジーそのものですっ!

ジャズが生まれ、現代に至るまで様々なスタイルを経て変化し、いろいろと変貌してきたわけだけど、現在の若者がジャズに興味を持ったら、100年近いこの生きた歴史を体感できるわけです。

もっと想像すると今から300年後、500年後の人々は、数百年前に生きた人々の映像を見ることができる。今の我々で例えるなら、バッハやモーツアルトの実際に演奏している姿を観ることができる。また、織田信長や徳川家康の姿も観られることになるわけです・・・!

これは、もはや一種のタイムトラベルではないでしょうか。しかもこのタイムマシンはPCやスマートフォンいうツールを通して、誰もが手にしていることになる。

映像という形で過去が体験できるのは、もう既に一般的になり、これからますます当たり前のこととして定着していくことでしょう。将来はYOUTUBEよりもっと充実したすごいツールになっているかもしれません。

でも、タイムマシンとは、過去にも未来にも自由に行けるとするなら、未来を観るのはもちろん今のところ不可能。ですから、半分くらいが実現しつつあると考えるとして、では未来に行くとは、未来を体験するとはいったいどういうことなんでしょうか?

そういえば、占いのことを英語でFORTUNETELLINGと云います。つまり「未来を語る」というわけです。占ってもらいたい人は、つまり未来のことが知りたいわけなんですね。昔から「予言」という言葉もさかんに使われ、「預言者」はある種の神格化された存在でもありました。

しかしながら皆さんに問いたいのですが、本当に未来のことが知りたいですか? 数十年後の自分の姿形が本当に見たいですか?現在夢に向かって努力している事柄が将来、成功するか失敗するか、それが本当に知りたいのでしょうか?自分が何歳で死ぬのか、本当にそれが知りたいのですか・・・?

それらは全て未知のモノであるからこそ「未来」なんだと私は思うのです。少なくとも私は未来のことについては興味や不安はあっても、知りたくはありません。はっきり云うと、「知ってどうする・・・」って感じです。未来の技術を現在に転用し、お金儲けするなんて実利的な悪だくみを別にするなら、未来を知っても「百害あって、一利なし」というのが私の意見です。

私が何となくタイムトラベルについて否定的なのは、この感覚があるせいかもしれません。タイムマシンは過去を体感できる程度にとどめておいたほうが良さそうな気がしてならないのですが・・・

未来は分からないこそ、未知の時間であり、未来が分からないこそ不安や希望もある。わくわくしたり、将来の為に必死に努力したりもがいたり、時には絶望的になったり・・・。だからこそ人生は生きる意味があるのではないかと思ったりしてしまうのです。

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