いろいろな時間の研究



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時計という計器ではなく「時間」について考え、語り始めると、理論物理学的な考察とか、いささか哲学的な話とか入り混じり、文学的な表現も出てきて詩まで登場する。そのうちまるで雲をつかむような話になってしまうのが常だ。

けれど、時間というものを様々な角度やとらえ方で追求、研究している人々も存在している。

地層学者の方々もそのひとつの例だ。そう、我々の足元にある大地の地層から様々なことを推理し、論証を組み立てる方々です。ある意味で地層学者は時間を推理しているのだと思います。

大地の地層からその時間の経過を調べ、それぞれの時期にどんなことが起きたのか、その時間の経過はどうだったのか、推論を組み立てる。それぞれの大陸、地域がいつごろ誕生し、その間に何が起きたのかを検証するわけですね。

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きっと、とても地味で根気のいる研究かもしれない。でも、有意義な仕事だと思います。それぞれの推論は、やがてこの地球がいつごろ誕生し、現在に至るまで、我々の地球上にいったい何が起きたのかを解き明かすものです。

彼らの仕事は、ある意味で膨大な「時間」の研究だと思います。

それから、ずっと以前に読んだ本で(タイトルや著者とか忘れてしまったのですが)、ある社会学者の方がまったく別の角度から時間を考えているものがあって、とても興味深かった。

その学者さんは、世界の多くの国に数年づつ住んで、その国々の国民の時間に関する感じ方やとらえ方の違いを考察する、というもの。先進国や途上国など、様々な国に移り住みながら研究している。

例えば、ある国では電車の発車時刻がどのていど正確か、つまり平均してどのくらい遅れるのか、また到着時刻がどのていど遅れるのか、その傾向なんかを調べる。

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ある国では、列車の出発時刻が1時間ていど遅れるのは当たり前。日本では数分遅れるだけでも駅員さんが遅れる旨をマイクで報じ、乗客は何か事故でもあったのかァ、なんて思ってしまう。だけど、頻繁に遅れている国では、駅員が報じることも無く、乗客も当然のごとく待っていて、文句を云う人もほとんどいないらしい。1時間以上遅れても、何事もなかったかのように出発する。

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その平均的な遅れの時間は、国によって様々。もちろん途上国などの方が遅れる時間が長くなる傾向にあるようです。それから、平均気温が高い国の方が、遅れが目立つとのことです。もちろん工業化の技術の進展によってもその正確さが違ってくるのは当然でしょうが、いわゆる国民性によっても違うかもしれませんね。こういった調査でもっとも遅れの少なかった国は、わが日本だそうです。

それから友人や、仕事で会う約束をした場合、その約束の時間に平均してどのくらい遅れるかも検証しています。その学者さんは、わざわざ多くの友人を作り、いろいろと約束をして、相手がどのくらい遅れるかの統計なんかもとっていたようです。

国によっては、平気で1時間半くらい遅れてきて、謝るどころか、悪びれる様子も無く、あっけらかんとしているらしいです。のんびりしてるというか、もともと時間そのものをほとんど気にしていないんでしょうね。

この場合も、もっとも時間を守るのは、日本らしいですよ。我々日本人は、それほど几帳面なんでしょうかね。おそらくは、相手方を思いやる気持ちが強いのかもしれませんね。電車で云えば、お客様をあんまり待たしてはいけない、とか相手に迷惑をかけちゃいけない、とか。いわゆる、おもてなしの精神でしょうか・・・

相手を思いやる気持ちが強いのは決して悪いことではない、というかとても尊いことでしょうけど、でもどうも私たちはあまりに時間に縛られすぎ、のような気もしないではありません。

でも、時間についてこんな角度から研究している方々がいるのも面白いですね。ある意味、時間に関する感じ方はその国の国民性を映す鏡かもしれませんし、各国の「先進国化度合い」を測るひとつの手段かもしれません。

時間に正確なのは、もちろん悪いことではありません。仕事だって時間や様々な約束事を守ってスムースに進むでしょう。でも、インフラが拡充されどんな立派な先進国になっても、時間にがんじがらめになってしまったら、はたしてそれは幸せなことだろうか。

私は時計という計器を作っているけど、私の時計を着用して下さる方々が時間に縛られず、豊かな時を過ごしていただけるよう願いながら日々製作しています。

 

 

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