廃墟は生きている?



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先日何気なくテレビを観ていたら、「奈良ドリームランド」のニュースが流れていました。

奈良ドリームランドは廃墟ファンの間では、けっこう有名な遊園地の廃墟です。開業は1961年だそうで、開園当初は多くの来園者で賑わっていたようですが、東京ディズニーランドや大阪USJとかの影響で、徐々に入園者が減り、とうとう2006年には閉園になってしまったそうです。

閉園してまだ10年も経ってないわけですけど、今ではすっかり朽ち果て、完全に廃墟と化してしまった。ニュースで観た映像では、園内は草ぼうぼうで荒れ果て、建造物には落書きも目立ち、カラスの楽園になっている風情です。

つまり、突然閉園して、まだそのままに放置されているわけで、廃墟の仲間入りをしたわけですが、廃墟としてはまだ新参もの。これから10年~20年以上かけて熟成して行くわけですけど、ことはそう単純じゃなさそうです。

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もちろん敷地内は立ち入り禁止になっているわけですけど、落書きがあるということは誰かが入り込み、心無き行為をしているかもしれません。大型のアトラクションも非常に多いので、危険な箇所も少なくないでしょう。

廃墟ファンとしては、廃墟としての名所が出来るのは嬉しいのだけど、実際には様々な問題を孕んでいるようです。奈良県奈良市の北部に位置しているようで、実際に奈良ドリームランド前というバスの停留所が今でもあるとのこと。

つまりこの廃墟は人々が実際に生活しているそのすぐそばに位置しているわけです。炭鉱の廃墟のように人里離れた山奥にあるとか、軍艦島のように孤島ならさほど影響ないでしょうけど、近くに住む住民の方々にとっては「何とかしてほしい」存在なのかもしれません。

不審者の巣窟になっている可能性もあるし、小さい子供さんを持つ親なんかは心配の種でしょう。非常に広大な敷地ですから、市内の環境や生態系にも少なからず影響があるかもしれません。とにかく規模があまり大きすぎる。

一度は奈良市がここに火葬場を建設しようと計画したようですけど、地域住民の反対運動で、この計画は頓挫したようです。やはり近くに人々の生活があるということは、様々な問題や感情が入り混じり、なかなか思うようには進まない。

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私が観たニュースによると、奈良市がこの奈良ドリームランドを買い取って、再開発をしてくれる業者を募集し、公売にかけたのだけど、結局入札には誰も名乗りを上げなかったとのことです。

入札の金額が高いのかどうかは私には良く分かりませんが、買い取った業者は、この園内のアトラクションからなにから全て撤去しなくてはならないのが条件のようです。いずれにしろ莫大な予算がかかりそうですし、そう簡単には引き取り手は見つかりそうにないですね。

私はこのニュースを眼にして、つくづく思いました。

廃墟はまだ「生きている」ということです。

廃墟というと、それは人の管理を離れ、放置され、荒れ放題になり、社会の喧騒とは無縁に、ひっそりと静寂の中でたたずんでいるという印象ですが、特に人々の日々の生活が近くにあるとなると、それは我々廃墟マニアのようにただ遠くから観て楽しんでいるわけにはいかない。嫌でも人々の暮らしとかかわってしまうわけです。つまり、廃墟は依然として生きている、そして様々な問題を内包しながら存在し続けているのですね。

本当は、離島の廃墟でも、山奥の人里離れた廃墟でも、実は無関係ではないのだと思いますよ。実はその背後に様々な問題を抱えているのかもしれない。

私が常日頃、廃墟に対して想いをはせることと、何となく一致します。廃墟の存在は、私達人間にとって矛盾そのものなのだということ。

廃墟は社会にとって、不条理で、本来は「在ってはならない」ものなのです。廃墟ファンを名乗りながらも、その廃墟の存在そのものを完全に肯定することは出来ないのです。

世界の中で、日本はもちろん経済大国だし、世界のトップクラスの技術を持っているし、インフラも比較的充実しているはずです。けれど、廃墟は日本国内だけでも、数多く存在しています。

つまり、我々の住む日本も、そして世界の先進国と呼ばれる国々も、不条理と矛盾が数多く交錯し、少々、大げさに表現するなら、絶望的な状況が、社会の中に点在しているのだと、私には思えてならないのです。

そして、私はなぜそんな絶望にも似た「廃墟」にそれほど魅かれるのか・・・。私はまだその心の襞を完全に解明したわけではありません。

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