なぜ腕時計なのか? その2



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前回に引き続き、“なぜ腕時計なのか?”をお題に書いていきたいと思います。

腕時計は当然ながら、身に着ける装身具です。また、身に着けるものはほかにもたくさんあります。衣類はいうまでもないですがビジネスマンならネクタイも必要でしょうし、女性はアクセサリーもたくさん身に着けるでしょう。ですが、腕時計はほかの装身具とは決定的に違うことがあります。それは「見る必然性がある」ということです。

腕時計は、今何時? と時間を確認するために、その時計を見る必要があるということです。通常、腕時計で時間を確認するのは、わずか数秒、ほとんど一瞬で認識できるでしょう。たいがい一日に何度かは時間を確認するために繰り返し腕時計を見ます。忙しくて時間に追われている人ほどこの回数は増えるでしょう。

この回数が繰り返され集積されれば、一日に数分間、腕時計を「見ている」ことになります。それが一週間、一か月、数か月と累積されれば何時間も、もしかしたら24時間くらい腕時計を見つめていることに・・・なんてこともあるでしょう。
だから、私は思います。良い時計をしている人は、必ず良き瞬間の集積である良き時間を過ごしている、と。

どういうことかというと、それだけ繰りかえし見ていても苦にならないデザイン、風景を身にまとっている、ということにほかならないと思うからです。
いい換えれば、良い時計をしている方は、どんなに忙殺されていても、半年や一年の間に、たっぷり一日、ゆっくり時間をかけて美術館やギャラリーに行って好きなアーチストの作品を堪能して癒されたり、美しい自然の風景に感動したりするのと同等の効果があるのではないか、と考えているのです。

“見せる”ことの多い装飾品のなかで腕時計は“見る”装飾品という側面が強く、その点が私の腕時計作りのモチベーションに繋がっているかもしれません。

と、またもや長くなってしまいました。今回はこの辺で・・・。

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